北の狼―津本陽自選時代小説集(津本陽/集英社)

自身も剣を能くすることで知られる著者の数多ある撃剣物からの自選集七篇。
七篇中四篇は既読なのですが、前々から読みたいと思っていた「明治兜割り」が収録されていたので購入。多作な人なので、文庫で買うと内容が重複しがちなのです。津本氏に限ってもこういう経験は四、五度目になるので、もう割り切ってますが。
津本氏の撃剣物の面白さは、試合や決闘の場面の、迫力のある描写に尽きます。人体の動き、剣術の理屈、立ち合いにおける人間の心理を、的確な言葉を選り抜き、簡潔で丁寧な表現に徹することで、人物が剣を振るうことの質感と量感、勝負のスピード感と緊張感がよく表されているのです。一つ一つの試合、決闘の場面に割く頁はごく短いものですが、その内容は濃密です。僕自身は体育会に所属した経験はあれど、剣道はもとより格闘技の経験に乏しいため、説得力の有無については言及しませんが、そういう素人であっても、作中の人物の動きを容易にイメージできるのは、津本氏が剣歴の豊富な人であり、それを表現する技術が高いからでしょう。津本氏の作品は時代小説のジャンルに組み込まれてはいますが、撃剣小説、武道小説という言葉で括り直してもいいなというのが個人的な思いです。
今やすっかり歴史小説の大家となった津本氏ですが、出来得るものならまた撃剣物(俗な表現をするならチャンバラ物)を物していただきたいです。
(1月31日加筆訂正)

北の狼 津本陽自選時代小説集 (集英社文庫)

北の狼 津本陽自選時代小説集 (集英社文庫)