笑う

社でのやり取りで、ちょっと理不尽な経緯で立腹することがありました。
外に出て空気を吸い、仕事に戻っても、一度心に生じた険しい感情はなかなか消えないもので、当事者が側にいると表情が強張りそうになってしまうわけですね。
それから小一時間ほどしてから、理不尽だと書いた経緯の当事者もまた別件において、理不尽なことで割を食わされていたことを知りました。
そのことで心が乱れていたんだと思います。その余波がわずかに僕へ降りかかってきたという次第でした。
僕自身にはとばっちりでしかないわけで、そのことへの不快感はあっても、それで怒るだけのエネルギーはもう沸いてきません。
億劫者であり、臆病者でもあるが故です。理由がないと怒れないし、怒ることで生じるさらなる衝突が面倒でもあり怖くもある。


心の底から腹が立つと顔が笑うようになる、と漫画家の西原理恵子が書いていたのを思い出します。
この文章だけだと解釈のしようが色々ありますけれど、「ならぬ堪忍するが堪忍」という諺を踏まえての処世術だとすれば、僕も胸に刻まねばいかんと思います。